サモエドを拾いました

ひょんなことからファミリアロッド拾って振り回されるロスと巻き込まれるメルさん

【簡単な設定】

ファミリアロッド:非戦闘時はおのおの小動物の姿(ペット形態)をしている魔法の杖。戦闘時は杖の形になって、マジックミサイルやファイヤーボールが撃てたりする。ペット形態はリスやらウサギやら犬・猫・鼠にフクロウ・ミミズクなどなど様々。

ダンジョン:ケルベロスブレイド世界における「地球のトラウマ」のようなもの。甚大な被害をもたらしたデウスエクス(宇宙から攻めてくる敵)の残霊が劣化コピーのようにわらわら湧いている。放置しておくとあんまりよろしくないのと、有用なアイテムがドロップしたりするので探索が推奨されている。いくつかある中でも「イガルカ」はすごく寒いロシアンダンジョン。なぜかダンジョン入り口は日本国内にある。

リドニコフ:ロストークが使う武器。非戦闘時はただのロッドのような棒状だが、使用者が名前を呼ぶと氷の槍斧になる変形設定。今回あまり重要ではない。



「さて、どこまでいけるかな……」

 極地にも近い大陸の冬が、荒廃した街ごと富山平野に持ち込まれた。それが見つかってから、もう何度目になるのか。

 ロストークは友人たちとともに装備を整え、馴染み深い凍気の中へ――ダンジョン、イガルカへ足を踏み入れた。これまでよりももっと深く、それこそ行けるところまで分け入って、なにがあるのかを探るために。


 これと言って大きな新しい発見もなく、ただひたすらに登ること137階まで到達して、ロストークは帰還した。というよりも、ダウンしたロストークよりも先の階層へ進んだ同行者たちが引き返すのに、引きずられて帰ってきた。

「僕、何階で落ちたっけ」

「130くらいじゃないか?」

「130は、行って、なかったかと……」

「そんなに前で落ちていたか」

 クラッシャーとジャマーで最後まで残っていた二人に、ディフェンダーとしては少し悔しくなりながらダンジョンの入り口まで戻ってくる。

「サーヴァントと分け合うぶんは仕方ないよねぇ」

「そうは言ってもねえ。……うーんもう少しがんばろう」

 サーヴァントを連れていても、経験を積めばもう少し耐久力もつくはずだ。

 意地のままに静かな決意を固めて、拾った装備やらなにやらを持って帰る。最後のほうは余裕もなく、落ちているアイテムを拾うのもそこそこだったが、それでも100階を数えれば持ち帰るアイテムも多い。しまう場所も限られるのだ、適当に整理してやらなければ。

 ロストークは、帰ってからの一仕事を思いつつ帰路に就いた。


 これはレベルが合わない、これは強化の素材に、と選り分けてどれだけ時間がたっただろうか。装飾品はあらかたよけてしまって、拾った武器の選定をしていた。

 不意にしゃりしゃりしゃり、と空気の端が凍る音がして、振り返れば非戦形態のリドニコフが氷の粒を散らしている。どこから出ているのか、セピアブラックのロッドからちらちらと輝く氷塵は幻想的だが、使用者の意図しない魔力の発動は問題だ。

「なんだろう」

 戦闘でもないのに。リドニコフに影響を及ぼすような力の漏らし方をするほど未熟ではないつもりだった。無意識に何かしてしまったかと触れてみれば、何事もなかったかのように取り澄ましたロッドがあるだけだ。床に散らばった氷の粒も、一瞬できれいさっぱり消えている。

「なんだよ……」

 どうにもこの武器にはロストークに対して恭順とは言い難いところがあるようで、まさかとは思うが人格でもくっついているのだろうかと思うようなことが時折起こる。今回のようにからかうかの如く自己主張してみたり、「彼」の気に食わないことでも言ってしまったのか使おうとしても力を具現化できなかったり。

 気まぐれだったのだろうか、と武器の選定に戻ろうとして、ロストークはそこに今までなかったものを見つけた。

 もこもことした白い毛玉だ。そこはかとなく笑っているように端の持ち上がった口、長く密度の濃い白の被毛が、へすへすと決まった間隔で吐き出される息に合わせて揺れるのが愛らしい。

「……サモエド……の、子犬?」

 みっしりと毛深いそれは、その毛がなければ柴犬の成犬くらいの大きさだろうか。サモエドの標準的な大きさからはかなり小さいが、たっぷりの被毛のせいかかなり大きな犬に見える。

 ロストークははちはちといくつか瞬きをして、唐突に現れた犬をじっと観察した。そういえばさっき選別した武器の中に、ファミリアロッドがなかっただろうか。

「や、やあ」

 出現させるつもりもないのに現れたそれに、ロストークは声をかけてみた。黒々と光るつぶらな瞳がどこか楽しそうに青年を見上げる。

 子供のころからの癖で、ロストークは片膝をついて犬と視線を合わせた。

「イガルカから来たのかい?」

 話しかけても言葉が返ってくるわけがないのは百も承知ながら、犬が結構な精度で人間の言葉や仕草などから意図を汲めることはわかっている。それが自分を持ち主と認めたかもしれないファミリアロッドならばなおさらだろうと、ロストークは言葉を惜しまなかった。

 きょとんとした様子のまま四つ足で立っている犬に、「おすわり」と言いながら片手を泳がせて抑えるように動かしてみる。ぱち、と瞬きを一つ、少しだけ戸惑ってから「ひらめいた!」とばかりにサモエドは見事な伏せを披露した。

「そうじゃないんだよなあ……」

 一応従おうとしてくれたのはわかって、苦笑いでロストークは犬に手を伸べた。期待いっぱいの輝く目に負けて一度だけ撫でてやってから、立ち上がらせる。

 齟齬はあったものの、仕草に従うそぶりを見せたのだ。なにかしらのしつけを受けたことがあるのかもしれない。

「おすわり、わかるかい?」

 顔の両脇を手で支えてやり、じいと見つめあう。数瞬ののち、サモエドはゆっくりと腰だけを下ろしてお手本のようなおすわりの姿勢を作った。

「いいこ」

 先ほどよりも少し盛大に撫でてやれば、ふさふさの巻き尾がぱっさぱっさと上機嫌に揺れる。おやつなどのご褒美がなくても満足げなあたり、一通りのしつけはしっかり終わっている犬のように思えた。あとは、ロストークがうまく指示さえ出してやればいいはずだ。

「僕のほうに訓練が必要かもしれないね。どうしたらいいのか教えてくれるかい」

 もさもさと真っ白な毛の中に指を突っ込んで柔らかいアンダーコートを堪能しながら、ロストークは犬に語りかける。幼少期を犬に囲まれて、むしろ犬に兄弟扱いされながら育った犬好きの血が騒いで仕方ない。

 白のサモエドは故郷でもよく幼いロストークの世話を焼いてくれた犬と少し似ていて、原風景に近いところのふわふわと温かい記憶を呼び覚ます。優しくてなつっこい大きな犬は、やはりいつも笑っているかのような顔をしていた。なつかしい。

 武器を選り分けたときには処分してしまうつもりでいたが、これは手元に置いておこう、とロストークは笑った。


 すっかりファミリアロッドのペット形態に絆されて、ロストークはこの犬とどうすれば意思の疎通ができるのかを考えつつ少しずつやり取りを重ねていった。犬種的にかなり持久力のある遊び好きなのはわかっているので、いずれ朝の走り込みについてきてもらうようになるかもしれないと期待している。

 Улыбка(ウルィブカ)、と名付ければ、一層犬の笑みが深まったように見えて気持ちが和む。名前はそのまま「笑顔」の意だ。もしかしたらロシア語を解するのかもしれない。

 調達したリードと首輪で主人の膝について歩くことにも慣れていることを確認しつつ、ファミリアロッドといえどやはり散歩は必要なのだろうかとロストークはウルィブカを連れて外へ出た。ゆっくりと散歩をしていると、なにかに気が付いたかのように犬が立ち止まってゆるりと視線を巡らせた。

「どうしたんだい?」

 油断は一瞬、わずかな隙をついて犬はリードを引きずって駆けだした。ロストークはあっさりと犬に置き去られる。

「まっ……嘘だろ」

 飼い犬を逃がすなど飼い主としてはこれ以上ないほどの失態である。ファミリアロッドではあるが。

 半瞬も迷わず犬を追って走り出すが、人と犬では走る速さに大きな差がある。あっという間に引き離されて、だがサモエドの逃走劇はそう長くは続かなかった。

 ウルィブカの鼻先が向いていたのは、白銀の先に薄緑が揺れる長い髪と細いシルエットだ。まだロストークの視界から外れないうちにその人影を捕らえた犬は、強く地を蹴って跳躍の構えを見せた。

 ロシア語の名を付けたときの反応の良さを思い出し、ロストークが叫ぶ。

「Улыбка,Спуститься!」

 ぴしゃりとたたきつけるような少々厳しい声に、夢中になって走っていた犬が我に返って四つ足で急ブレーキをかけた。目の前にいる人へ飛びかかる寸前、トトトと勢いを殺してから、ぺたり、アスファルトに伏せる。白い小さなじゅうたんのようだ。

 突然の大声に驚いた銀長髪の持ち主は、振り返ってすぐ足元に伏せる白いラグと化した犬を発見した。それから、声の主を探して見知った長身を視界に収める。

「Вы не больно?  Извините, пожалуйста. Это моя вина....!」

 日本語で喋るときよりも心持ち早口で、感情の抑揚がはっきりとした声が近寄った。つらつらと流れた申し訳なさそうな声と、含まれていた「ごめんなさい」を聞き取って、彼は銀色の髪を揺らす。

「ロストークさん、落ち着いてください」

「え、あ」

 犬に伏せを命じた拍子に切り替わっていた言語にやっと気づいて、ロストークは頭の後ろに手をやった。かしかしと何度か首筋を掻いて、小さくため息をつく。

「ごめんね、メルキューレさん。怪我はない?」

「ええ、触れる前に止まりましたから。先程はなんと?」

 怪我はありませんか、申し訳ありません、僕の不始末です。

 友人が無事だったことに胸をなでおろしつつ、直前に自分が口走ったロシア語をとつとつと訳してリードを拾い上げる。

「一頭だけリードでつないで連れるのには慣れていなくてね……しっかり手首に絡めておけばよかった」

 命令を聞いて止まった犬をほめてやりながら、言い訳がましく弁解した。

「それはもう構いませんが。……犬、飼っていたんですか」

「いや、ついこの間ダンジョンで拾って」

 ファミリアロッドなんだ、とウルィブカを紹介して、ロストークはメルキューレの涼やかな美貌に意外とわかりやすい期待の色を見つけた。犬……というか、動物が好きなのだろうか。白い毛並みにじっと視線を向けていて、少し顔が緩んでいる。

「撫でてみるかい?」

 人がうれしそうにしているのを見るのは気持ちが潤うものだ、とロストークは再確認した。


 春も盛りを少し過ぎ、近くの公園には青々と芝が茂っている。桜は風で散り切ってしまったようだが、芝に混ざった小花や、ところどころを侵食するクローバーがぽつぽつと浮かび上がって彩を添えていた。

 平日の昼間、そのうえ昼食の時間からも外れているとあって、晴天の下ひろびろとした公園には人影が見当たらない。

 サモエドがひとしきりロシア語での指示を瞬時に聞き分けることを確認して、ロストークはリードの金具を外した。

「Давай!」

 これが人ならきっと「ひゃっほう!!」とでも言っていたに違いない勢いで、ウルィブカは跳ねるように芝の上を駆けだした。ヒューイ、とロストークが指笛を吹いて注意を引き、「прийти」と指示を出せば、くるりと反転して勢いよく駆け戻ってくる。

「犬の扱いに慣れているんですね」

「故郷(くに)に犬ぞりの犬たちがいたからね」

 イガルカで拾ったのだから、早くロシア語で指示を出すことに思い至ればよかったのだ、と苦笑する。そうしている間にもウルィブカは勢いを落とすことなく駆けてきて、したたかに芝を蹴り出し跳躍する。ロストークが気が付いた時には、白い毛玉が隣の友人に激突していた。

「あっ」

「わ……!」

 勢いを逃がしてころりと後ろに転がったメルキューレの胸の上に陣取って、サモエドは誇らしげである。もともと笑っているような顔が余計に輝いている。

 ふわふわの高密度な毛のかたまりに惹かれて、メルキューレが手を伸ばすか否か。

「Нет,Садитъся」

 低い声でびしりと、ロストークがウルィブカをどかした。しゅん、としぼんだようにしてメルキューレの上からどいた犬は、小さくなっておすわりの姿勢をとる。

 じ……と主に目線を合わされ続けた犬は、くぅん、と耳を伏せて反省を示した。

「そんなに怒らなくとも、怪我もありませんし」

「いいや、そうはいかないだろう」

 ロストークもメルキューレが怒ったり怖がったりしていないことはわかっている。無粋とは思うものの、手元に置くと決めたからには躾の責任を果たさなくてはならないのだ。必ず受け身が取れる人ばかりでもないし、犬を怖がる人もいる。

 すっかりしょげたウルィブカの頭に手をやって、反省したならもう怒っていないよ、おりこうさん、と撫でてやりながらため息をついた。

「お前は調子に乗りやすいところがあるみたいだねえ」

 されるがままに目をつぶっていたサモエドの背をぽんぽんと叩いてやり、メルキューレに目配せをする。痛くなかった? とばかり心配そうに見上げる犬へメルキューレも手を伸ばし、彼はやっとまともに毛玉を触ることに成功した。


 外側のコートがクッションのようにふかふかと手のひらを押し返し、毛の間へ指を滑り込ませれば内側の柔らかい毛並みが指先を包む。防寒性に優れたダブルコートに長い毛足は、飼い主の苦労の甲斐あってかふさふさと触り心地良く整えられていた。細く繊細な指先が地肌に触れるのが気持ちいいのか、白い毛玉はうっとりとした顔で撫でられるに任せている。

「夏は暑そうですね」

「だろうね。冷房をかけて室内に入れておかないと、熱中症になりそうだ」

「ファミリアロッドはそう死なないでしょうけれど、苦しいのはかわいそうですしね」

 もふもふもふ、と撫でる手に合わせて尻尾を振っていた犬は、ころりとひっくり返って腹を見せた。

「いいんですか、ご主人様以外におなかを見せて」

 言いながらもどことなく嬉しそうにさらされた腹を撫でるメルキューレは穏やかな顔をしていて、うららかな日差しの下には平和な世界が広がっていた。常の新雪のような柔らかくも冷たい印象がなりを潜め、彼は日本でロストークに出会ってから見せたどんな笑顔よりも楽しそうに笑っている。普段のどこかひんやりとした表情もきれいだが、この平和の中で垣間見た笑顔こそ得難い美しさがあるように、ロストークには思えた。

 撫でられながらころころと転がって遊んでいる毛玉は、うるさいほど尻尾を振って、優しい美人に夢中になっている。我ながらいい名前を付けたものだとひとりごちて、ロストークも犬の毛に指を突っ込んで撫で倒すことにした。


 ひとしきり二人で犬の毛並みを堪能し、長い毛に絡まった草の葉をちまちまと取り除いたりしているうちに、あっという間に時間は過ぎる。子供たちが学校から帰ったのか、公園に人が増えてきた。まだ子供に囲まれても大丈夫と言い切れるほど落ち着きを保てる確信もないので、ロストークはウルィブカの首輪にリードをつないで、犬が走り出さないようにしっかり手首に輪を絡める。

「もう帰りますか」

「まだ少し運動が足りないだろうから、しばらく散歩してから帰るよ」

 目星をつけたペット可のカフェがあるのだけれど、都合が悪くなければ付き合ってくれるかい、とロストークは歩き出した。


友情出演:メルキューレ・ライルファーレン(e00377)さん

ロスはメルさんを見てジェドマロース(厳寒爺さん)が連れるスネグーラチカ(雪娘)のようだなあとか思っているかもしれない。美人で雪のイメージ。

chiral-ensemble

自作小説・イラスト置き場 WTRPGケルベロスブレイドに関連するものは「KERBEROS BLADE」コーナーに それ以外は完全オリジナル イラストに関してはKBも完全オリジナルもごたまぜです

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