「だから、日が暮れるまでに帰ってくるんだよ」

お世話になっている旅団でロスが語った「百物語」の元になった、ロスの体験。

ロス本人が、おとうとに語り聞かせる形で進みます。微ホラー(?)


 ヴァーネチカ! ずいぶん遅かったね、悪い人にさらわれてしまったのかと思って心配したよ。

 どうしてこんなに遅くなったんだい? もうすぐ冬だし、暗くなるのが早くなってきたのはわかっているだろう。僕は、お日様が沈み切る前に帰っておいでって言ったはずだけれど……。

 冒険をしていたって?

 ああ、なるほどね。森の奥に何があるのか、行けるところまで行ってみたかったのか。

 懐かしいなぁ、僕もそうやって、森の奥深くまで行ってみたことがあるよ。何か見つけられたかい? 何もなかった? それはよかった。

 ちがうよ、僕は怒っているから毒を吐いたんじゃないよ。皮肉じゃなしに、きみが何事もなく帰ってこられたことを本当に喜んでいるんだ。

 夜になるまで森を歩いていて、恐ろしい目にあったことがあるんだよ。だから、ヴァーネチカが「アレ」に出くわさなくてよかった、ってね。

 うん? 僕がばあさまの言いつけを破るやんちゃ坊主だったように見えないって? はは、僕がそんなおとなしい良い子だったら、プラーミァはまだ氷漬けだったよ。

 そうそう、それでね。いい機会だから、森にいる「アレ」のこと、ヴァーネチカには教えておこうか。知らないで変なところに連れて行かれてしまったら大変だ。

 ……僕がきみくらいの年の頃だよ、ヴァーネチカ。きみと同じように、森の奥が気になって仕方がなかった。背も伸びてきて、一人でも結構遠くまで歩いていけるようになった頃だからね。あちこち冒険するのが楽しくて仕方なかった。

 森にはいろいろあるだろう? 野イチゴが群れを成していたり、綺麗にさえずる鳥がいたり。

 夢中になって野ウサギを追いかけまわしたりなんかして、気が付いたらすっかり日が暮れていたんだ。もちろん、ばあさまに言いつけられた帰るはずの時間なんてとっくに過ぎている。

 やけに綺麗な満月が浮かんだ夜でね。星の光りが潰れてしまうくらい月が明るくて、森の小道を辿って帰るのは簡単に思えたんだ。

 夜なのに、すごくはっきりと地面に影が落ちていたよ。想像してごらん、すごく明るいだろう? ちっとも怖くなんてなかったんだ。

 夜霧が出るわけでもないのに、少し空気がひんやりしていて、駆けずり回って汗をかいていたから少し寒かった。月の光の色が冷たかったから、きっとそのせいでよけいに涼しく感じたんだろうね。  とにかく、遅くなったからって帰らないわけにはいかないよね? 森の深いところまで来ていたけれど、迷ったとは思っていなかったから、見えている小道を辿って家に帰ろうとしたんだ。

 この小道が、結構長くてね。今冒険から帰ってきたところならわかるだろう、昼間はあんなに楽しく駆け抜けた道も、帰りは倍くらい長く感じるんだ。暗くなってからだとなおさらね。

 いつの間にこんなに遠くまで来てしまったんだろう、ばあさま怒ってるだろうな、って思いながら歩いているうちに、なんだか変だなって思った。いくらもう疲れているからって、いい加減少しは景色が変わってもいいくらい歩いているはずだ、って思ったんだ。……森って広いだろう。なかなか景色が変わるものじゃないけれど、それでも、月が空の真ん中に来るまで歩いたのに全然。木立の切れ目にも出くわさなかった。さすがにおかしいだろう? これは迷ってしまったな、って怖くなった。  ひとりっきりで歩き続けて、疲れていて、そのうえ月が明るくても夜は夜だ。心細くなって、僕はちょっと足を止めた。

 周りになにもいないと思っても、森は結構にぎやかだよね。風が吹けば木々が揺れるし、夜になればフクロウが鳴いたり、狼が遠吠えしていたり。でもその晩は、まるで何も聞こえない、静かな晩だった。いきものの気配もしないし、風も吹かなかったんだ。

 薄気味悪いだろう? 物音一つしない森なんて。着ている服の布が擦れる音がはっきり聞こえるくらい静かだ、って気づいたら、すごく居心地が悪かった。

 そうして、どうやって帰ろうか、って途方に暮れてしまったときに、小道の先に人影が見えた気がしたんだ。ずうっと遠くの方で、木立の影に紛れてしまいそうな黒い人影がね。

 誰かいると思ったら、途端に心強くなるんだよね、こういうとき。帰り道を知っているかもしれないし、一人より二人の方が気持ちが楽になる。そう思ったから、僕はその人を追いかけてみることにしたんだ。

 小道のずっと先にいたから、大声を出して呼んでも聞こえないみたいで、振り返るそぶりもなかった。だから、急ぎ足で人影を追いかけてみた。

 なかなか追いつけなくて、僕はとうとう走り出したのだけれど、やっぱり追い付けない。どんなに呼んでも止まってはくれないし、その人はひたすら静かに進んでいるんだ。必死になって僕が走っても、まるで氷の上を滑っているみたいにすーっと動いて、ちっとも距離が縮まらなかった。森の小道なんて、木の根っこやら折れた枝やらが転がって、全然歩きやすくないのにね。

 そのくせ、僕が息を切らして立ち止まったり、転んでしまったりすると、止まる。近寄ってこない代わりに、いなくなることもなかった。ふしぎだろう?

 だって、その人は一度もこっちを見ないんだから。僕が立ち止まっても転んでも、見えないのにどうやって僕の進みに合わせていたんだろうね。

 ついに追いかけきれなくなって、僕は近くに見えた切り株にへたり込んだ。人影はさっきから変わらない距離で、僕に背を向けたままじっとしていたよ。……僕に気づいていないわけがないよね、さんざん叫んで呼び止めたし、走って追いかけたし、なにより僕とはずっとつかず離れずだ。それでもやっぱり、その人は振り返ろうともしなかった。

 絶対に僕に気づいているのに、助けてくれるわけでもなければ見捨ててさっさとどこかに行ってしまうわけでもない。何がしたいのかわからなくて、僕は混乱したよ。

 相変わらず見たことがない景色がずっと続いていたし、妙な人だけど見失いたくはないと思って、僕はちょっと休んでからまたその人を追いかけてみることにした。やっぱり距離は詰められなくて、でも一休みしたらちょっと落ち着いたのか、ひとつ気付いたことがあったんだ。

 その人、進み続けていたのに全く足が動いていなかったんだよ。

 さっき、「氷の上を滑るみたいに」動いていた、って言ったろう? そんなものじゃなくて、もう、宙に浮いているような動き方だった。そりゃあ木の根につまづいたりしないわけだよ、地面を歩いていないんだから。

 それに気づいてしまったら、急にその人が恐ろしくなってね。……そりゃあね、僕みたいなオラトリオとか、ドラゴニアンとか、空を飛ぶ種族がいないわけじゃないけれど。鹵獲術師みたいに魔法を使うひとなら飛んだっておかしくないかもしれないけれど。

 だって、ねえ。それまでの動きを考えたら、すくなくとも、ただのひとじゃないだろう。よくてケルベロス、悪ければデウスエクスだよ。

 僕はそのとき、まだ自分がケルベロスの力を持っていることに気づいたばかりだったからね。僕一人で何かに太刀打ちできるわけがないとわかっていたから、相手がただの人じゃないと気づいた途端に、もう恐ろしくてたまらなくなったんだ。……僕だって最初からデウスエクスと戦えるほど強かったわけじゃないんだよ、ヴァーネチカ。それに、きみと同じ年の頃はきみより小さかった。

 そう、それで、一生懸命追いかけていた足がこう、ゆっくり止まってね。ついていって本当に大丈夫かな、って悩んだんだ。

 そうやって立ち止まったら、その人もそれまでと同じように止まった。でもそれまでとまるで同じじゃなくて、ゆっくりゆっくり、僕の出方をうかがうみたいにじりじりと振り返ろうとしたんだ。

 息もできないくらい怖く感じてね、気が付いたら僕は全力で走って逃げていた。どうしてだか、その人影と「目を合わせちゃいけない」って思って。

 でも、どんなに逃げてもずっと背後にその人の気配がするんだ。今までどんなに追いかけても縮まらなかった距離が、少しずつ詰まってきているように思えて、でも振り返って確認するのも怖くて、そりゃあもう、走った走った。

 どこをどうやって走ったのか、全然覚えていないのだけれど。気が付いたら、僕は家の前にいたよ。玄関のランタンが見えて、ドアに飛びついて、ばあさまに必死でお願いしたんだ。「開けて、開けて!」って。サーシェンカに聞いてごらん、切羽詰まりすぎて僕の方がそういうお化けみたいだったって言うと思うよ。

 当然夜中まで外にいたのをこっぴどく叱られたけれど、ばあさまのお説教よりじいさまのゲンコツぐりぐりより、あの人影の方がよほど恐ろしくてね。

 それからは、なにがなんでも日が暮れるまでに帰ってくるようになったのさ。

 人影は結局何だったのかって?  ばあさまに聞いても答えてくれないし、僕も当然わからないよ。人さらいだったのかもしれない、森で迷って死んでしまった幽霊だったかもしれない、デウスエクスだったかもしれない。

 ――森には、不思議なものもたくさんいるんだよ。

 だからね、ヴァーネチカ。どんなに冒険が楽しくても、日が暮れるまでに帰ってくるんだ。

ロスはこういう語りが結構上手。



chiral-ensemble

自作小説・イラスト置き場 WTRPGケルベロスブレイドに関連するものは「KERBEROS BLADE」コーナーに それ以外は完全オリジナル イラストに関してはKBも完全オリジナルもごたまぜです

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